過去の栄光

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長く生きておる者はときに「昔は良かった」と言うのう。たいていの場合それは言った本人が若かりしころの、若い目で見た世間のことを指すので、年老い視点が変わってから言う言葉にはあまり訴える力はないかも知れん。鹿角の民も昔は良かったと言う。鹿角の昔は何が良かったのか?まあ、ちと調べてみた。30年ほど前までは高度成長時代の勢いで農産物の価格が高かったから、農業が主産業の我が鹿角は潤っておったようじゃ。しかしそれは他の地方農村も同じよ。そのまたさらに昔は・・・鹿角はそもそも農村というより独立工業国家かと思わせる過去があるようじゃ。歴史の表舞台に現れて以来続いておった鉱山産業のせいじゃな。鹿角に存在した鉱山の数、大小あわせおよそ100とな!異常な数ぞ。中世には60以上もあった土豪の城(舘)のそれぞれがタタラ場を内包しておったというのも凄まじいことよ。今では鉱山の在りし日を思わせる場所も少のうなっておるが、かつては鉱山ごとに(深い山の中じゃぞ)町ができ、商店が立ち並び、病院ができ、娯楽施設があったというから、往時に思いを馳せるだけで楽しうなってくるというものよ。鉱山がたくさん栄えたせいで日本各地から労働者が集まり、混血が進んで鹿角美人を生むきっかけともなったとか。たしかにもっともな話じゃ。あとでこの話はもっと深く掘り下げてみよう。深いぞ、この穴は・・・。(朕)
by deepkazuno | 2006-08-09 19:02 | ダンジョン
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