おくの細道のもっと奥

最近、体の節々が痛んで困っておる余でござるじゃ。
さて。昨日、十和田湖で大自然の癒しに触れたことを紹介したでござるが、余はその後そこから更に足を伸ばし、滝ノ沢峠を越えて青森県は黒石方面へと向かったのじゃ。
目的地は、余が学生時代を過ごした、第二の故郷とも言うべき街「弘前市」でござるじゃ。その道すがら、余が目撃し心動かされた物どもを、徒然なるままに紹介いたしていき申そう。
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もうすでに枯れて果てておるが、立派な木でござろう。滝ノ沢峠にある茶屋みたいな店の裏手に屹立してござった。木にからみついた蔦の葉が鮮やかに紅葉を始めてござるのう。何やら、美々しい鎧甲に身を包んだ老武者の姿を彷彿とさせる佇まいよな。
その蔦の葉の紅葉の様子がこれじゃ。
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蔦の葉の紅葉しておるのを見ると、余はいつも中学の時分に英語で習った「最後の一葉」という物語を思い出すでござるのう。
さてさて。滝ノ沢峠を越え、平地に入ると浅瀬石川沿いに国道102号線が伸びてござる。その国道沿いに砂小澤という地区がござるが、そこで気になるものを発見したのじゃ。
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「こけしの森」と大書されたこけし型案内板。黒石といえばこけしが有名じゃからのう。何ともストレートなネーミングでござるのう。アスレチック広場みたいな公園でもあるんでござろうか。その案内板の向かいにはこんなものがござった。
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「砂子澤 南無妙法蓮華経 日東巫 鬼子母神堂」と書かれた石碑でござるのう。この先に鬼子母神堂があるということでござろう。こけしの森の鬼子母神堂とは、なんとも不思議な取り合わせでござるのう。鬼子母神は己が子を慈しむことにかけては他に比類無く、一方でこけしは間引いた子の供養のために作られたのが本来じゃという説がござるからのう。子にまつわる相反する観念を象徴したものが同時に存在するというのは、何か深い意味でもあるのでござろうかのう。考えすぎですかのう。
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道はなおも弘前へと続いていきますのじゃ。車窓からながめる風景にも、だいぶ秋らしさが感じられたでござるのう。この辺りも鹿角と同じで、稲刈りシーズンのようでござった。はさがけが整然と並んでござったよ。
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浅瀬石川にかかるいくつかの橋の中に、「せいりゅう橋」という橋がござる。それを渡った際、かような女の子が橋の欄干に腰掛けておるのを発見したのでござるじゃ。
橋の欄干に腰掛けるとは、なんとも大胆にして危ういことでござるのう。気を付けねば川底へ真っ逆さまぞなもし。それにしても、かくまで危険を冒して、この子は何を見つめておるのでござろうか。この子の見つめる先には……。
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何の変哲もない山の風景がござった。この風景を見続けることに、何か意味でもござるのかのう。埋蔵金でも埋まっておって、それを見張るよう主君より言いつけられたんじゃろうか。だとすれば、主君に対し、まことに天晴れな忠義者であるのう。

以上、余が弘前にたどり着くまでに心動かされた道ばたの風物なのじゃ。(余)
by deepkazuno | 2007-10-09 22:52 | 近隣諸国
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