我が鹿角は晩秋

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我が鹿角の水田は、秋作業もほぼ終えて、冬来たりて白くなるのを待つばかりじゃ。初雪、初氷が訪れてから、その雪や氷ごと耕起するとな、下手に除草剤使うよりも難防除雑草を凍死させることができるのじゃぞ。そういえば、この稲わらを束ねて置いてある光景もあまり見られなくなってきたのう。昔はどこの家でも大抵は牛や馬を飼っておったし、冬の間に俵を作るから、稲わらは田んぼから回収するため束ねて置いてあったものじゃがな。牛も馬も飼わなくなったしのう。牛といえば我が鹿角は短角種の「かづの牛」がウリじゃな。そういえば先日のサマーノルディック大会の折にのう、選手や大会関係者に我が鹿角の美味いもんをたらふく振舞ったのは以前ブログにも書いたがのう、その時の話でな、まあ折りも折り、比内地鶏の真贋が大きな問題になっておった・・・というか今もなっておるわな。例えば比内地鶏のモツ煮込みなども提供しておったが、それにはしっかりと比内地鶏の証明書を明示して売っておったのじゃ。で、その隣で提供しておった花輪ハヤシ、あれにはかづの牛を使用しておるから、比内地鶏の話ついでに、あるお客さんに「モツは比内地鶏使用、花輪ハヤシにはかづの牛使用」ということを話した者がおった。それを聞くや否や、そのお客さん、「かづの牛使用とはどう証明してくれるのだ」と申す。・・・そのお客さん、地元民じゃったがな。確かに証明書やらトレーサビリティーに関しての書類やシステムは持ち込んでおらなんだ。それは確かに不備であったといえば不備であったな。しかしどうじゃろ、ちと極論に過ぎるやも知れぬが、味はブランド名や有名さで決まるものではない、むしろ逆に、味がよいものが自然と人気になりブランドになり有名になっていったのではないか?・・・おや?おのずから訳分からんこと言っておるな。ううむ、じゃがここ数年は安全・安心という言葉がペアでずいぶん横行しておるが、安全というのは証明じゃったり川上まで遡れる生産履歴じゃったりで確認できよう。一方、安心というのは長年培われた信頼関係のような精神面のことじゃろ。おいそれと並べて使うてよいものかどうか、朕はちと疑問に思うときがままあるのじゃ。あのお客さん、かづの牛に全幅の信頼を抱いておるゆえに証明せよと申したとは思うのじゃが、そういった書類に安心感を持つであろうかと想像するに、安心を得るにはやはり正直と、人と人との信頼関係に勝るものは無いと回帰するに至るのう。おう、今日も迷走してしもうた。(朕)
by deepkazuno | 2007-11-05 11:49 | ダンジョン
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