我が鹿角の生きた歴史

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この画像だけ見てどこだか分かりるかのうだわさ?正確に分かったら、鹿角マニアジュニアマイスターの称号を与えようかのう。答えは我が鹿角の北部、小坂町の小坂鉱山事務所エントランス右側にあるベンチのあたりから見上げた螺旋階段であるぞ。この建築物は何処をどう向いても絵になっておる。ちと、最近小坂町のネタが多いかのう。まあ、朕は小坂鉱山事務所が好きじゃということじゃ。考えてみい、往時であれば、朕のような上流階級の者しか中に入る事すら出来なかったはずじゃ。それが今こうして皆に解放され当時の繁栄ぶりを想像しながら見る事が出来るのじゃ。現物を眺めながら想像力を働かせると、血湧き肉踊る心地にならぬか。小坂鉱山事務所の隣にある康楽館とてその通りよ。康楽館はいまだ現役という違いはあるのじゃがな。しかし康楽館、一時は荒れたままに、内部が臨時の米蔵となっておった時期もあったとか。小坂鉱山事務所もかつて老朽化しておったのを解体修復し現在の場所に移築復元した由。
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完全に全てのものを昔のままに、というのは時間軸に縛られた我らにとって不可能なことじゃ。我が鹿角の全てを、かつて鉱山が栄えた当時の姿のままに復元するというのも、無理な話じゃ。町も道路も、田んぼも畑も、時代の流れに対応し、生活のあり方に合わせて変化してゆくのが当然の流れよ。しかし何もかも跡形残さず忘れ去ってしまうというのはとても寂しいと思わぬか。小坂鉱山事務所や康楽館の如きもの、今から作ろうとて、いくらカネがあろうがこれまた不可能なのじゃ。全てが音を立てて変わっていく時代の中で、栄えておった、あるいは厳しかった、ひもじかった往時を偲ばせる何かが残っておるというのは、それ自体が地域の貴重な財産でありアルバムであろうぞなもし。過去を洗いざらい忘れようとする人間なぞ、プライドに欠けた存在になろう。過去にばかりしがみついておっても、ろくな人間にはなるまいがのう。バランスが大事であるな。考えるに、これからの我が鹿角の子供達には郷土の歴史、先人達の仕業を学んでおって欲しいものじゃ。かつて司馬遼太郎氏が、日の本の民に輝ける過去を掘り起こして見せ、自負を呼び起こしたようにのう。(朕)
by deepkazuno | 2008-07-30 13:57 | 宿屋うまごや
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