雪中廃墟

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2日連続で零下15℃じゃと思ったらその翌日も零下10℃だった我が鹿角、流石じゃ。八甲田で雪中行軍せんでも普通に凍死しよるよ。あれは日露戦争のときに活かされたと申すが、そうでもなければ多大な犠牲が浮かばれぬのう。日露戦争といえば、旧日本軍も数々の幸運も相まってたいそう善戦したようじゃが、まずい指揮で出さんでもよい犠牲も一部であったそうな。まあ露軍の方がおおむね格段にまずい指揮じゃったようじゃがな。そう、戦略とか戦術で、多くの人が生きも死にもするわけじゃ。戦争は絶対に起こしちゃいかんぞな。なにあろうと絶対にじゃ。ところで戦略とか戦術とか、いわゆる兵法と申すな。バブルのあたりからじゃろうか、ビジネスマンの必読書の一つとして、ようマキャベリとか孫子とか、兵法書が人気じゃな。戦から生まれた兵法、人を生かしたり殺したりしちゃう兵法、会社経営やら商品販売に活かそうということじゃな。ここで誤解せぬよう注意しなければならないのが、兵法とは人を欺く法ではないということじゃ。人を効率よく活かす法と心得ねばならぬぞ。これ、経営に、商売に上手く合致しよる。が、これこれこうすればよいと分かっておっても、実際に全てその通り実行するのはたいそう難しいのう。例えば寡が衆に立ち向かおうとするとき、持てる力を一局に集中せねば見込みがないのじゃが、一局に集中させるには他を切り捨てるかがら空きにせねばならぬ。切り捨てるというて、それによって信用を失うては先が見えぬ。これ英断と冷静さが不可欠じゃ。またアレじゃな、守ると攻めると、簡単そうに思えるのは一見守りの方じゃが、実は攻めるより守るほうが多数の力を要するのじゃ。攻めは何処からでもできよるが、守りはあらゆる可能性を考えて広範囲を固めねばならぬじゃろ。結果、攻めてこなかったところはいわゆる遊兵、無駄となってしまうのじゃ。古来、守備の達人は隙あらば攻めるといった形で防備を固めたものよ。我が鹿角も、多くのものが守りを固めてしもうたこのご時勢、攻めに転じていかねばなるまいて。寡たる我が鹿角が衆たる他地域に打ち勝つには、一局集中してかからねばならぬ。戦力の逐次投入というのは愚の愚というのは周知の通りじゃ。集中すべき一局になるのは果たしてなんじゃろうか、上の写真の雪に埋もれた巨大廃墟であるか、それとも・・・。(朕)

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by deepkazuno | 2009-01-13 19:17 | ダンジョン
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