希望

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さてさて、えー上の写真は毛馬内の商店街じゃ。昭和で止まっておる感じじゃな、とても魅力的じゃ。
で、それとは全く関係ないお話をひとつ。

よう、「やらなければならない」という言葉を発するときに、二通りの意味合いがあったりするじゃろ。やらなければならない(決意)と、やらなければならない(義務)ってな感じにのう。何かを楽しんで始めて、最初はやりたいと思うてやっておったものが、いつのまにか義務的にやらなければならないものに変わっておって、苦痛になっちゃった、みたいな話はようあるものじゃ。
前向きがいつのまにか後ろ向きってな感じじゃろうか。例えば我が鹿角でも、何か我が鹿角のためにしなければならぬ、と意気上げて、頑張っておる御仁も、これから頑張ろうとしておる御仁も多いはずじゃ。しかし我が鹿角に限った事ではないが、必ず足を引っ張ろうとする御仁も出てきよる。これ不自然なことでは決してないわけじゃが、決意持って頑張ろうとしておる者にとっては結構な精神的負担になるもんじゃ。
ありんことて、皆でエサを巣穴に持ち帰ろうと、うんとこどっこいしょやっとるときに、反対側に引っ張っておるハネッカエリありんこがままおるじゃろ。しかしまあ彼奴らはあきらめぬ。人間じゃからこそ、雑惑もて悩んで途中で止めてしもうたり、決意がいつのまにか義務的なものに感じられるようになってしまうと思うのじゃ。
が、たまにはありんこのひたむきさに見える部分に同調してみてもよいのではあるまいかのう。よう、初心忘るべからずと申すが、いやいや難しいぞなもし。あきらめぬ、貫き通すということは並大抵の精神力では無理じゃ。他人の意見を聞き検討したり軌道修正するというのはこれまた重要じゃが、単なる野次にはひるんではいかんと思うのさね。
つい先日も、我が鹿角の民の意見を大いに発するべく、鹿角市議会議員の選挙が行われたのう。我が鹿角の民の支持を受けて当選したセネター殿達には、己の立場をもて、是非とも決してあきらめんで我が鹿角をより良うするための議論を行っていって欲しいものじゃと切に願うぞなもし。
なんちて。(朕)

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by deepkazuno | 2009-03-18 18:14 | 宿屋うまごや
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