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吉祥姫の父親の話

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我が鹿角は伝説の里じゃ。数多ある伝説、その中の有名な話をモチーフとして、我が鹿角の観光アシスタントは鹿角三姫という名前がついておるな。三姫とは吉祥姫、政子姫、芦名姫のことじゃという。今回はそのうち吉祥姫に関わる話で、だんぶり長者の伝説を教えてしんぜよう。

米代川の川下小豆沢の根元に大層酒好きなおじいさんが住んでいました。おじいさんは、行く末が不安な心細い生活をしていましたので、長牛に住む京都生まれの若者が、おじいさんの養子になりました。若者は、日頃信心していた大日神のお導きで、川下の独鈷の娘を嫁にむかえました。夫婦は、一生懸命働きましたが、一向に暮らしが楽になりません。ある晩のこと「川上に住むなら福きたり」と大日神のお告げがありました。夫婦は、さっそく養父を背負って川を上がり、米代川の源流平間田にたどり着きました。村の人々に、村はずれの耕地を耕すことをお願いし、夫婦は、養父をいたわりながらやぶ地を切り開いて働きました。秋日和が取り入れに忙しいある日のこと、木陰で昼休みをしているうちに疲れが出て夫は、居眠りを始めました。すると、しっぽに酒をつけた赤いだんぶり(とんぼ)が、飛んで来て寝ている夫の口に止まりました。夫は、そのおいしさに目を覚ましました。夫婦は、だんぶりが飛んでいった方へいってみると、岩陰から水がこんこんと湧いていて、その水をすくって飲んでみると、それは今までに飲んだこともない甘いお酒でした。夫婦は、大喜びで泉を汲んで養父に飲ませました。養父はそれを「百薬の長」と言って喜びました。この源泉発見の話は、たちまち村人たちを始め近郷、近在の人達に広がりました。正直な夫婦は、これをほしい人達に分けてあげました。二度三度になりますと、人々はその土地から取れる宝物を持参して泉の水と交換するようになりました。夫婦は、みるみる裕福になり東北一の長者となりました。その後一人娘の吉祥姫(桂子姫)は継体天皇のお后となったそうです。
※日本書紀に、継体天皇は、根(東北)の国王の娘を后にしたと記されています。


・・・だ、そうじゃ。上の写真は現岩手県八幡平市にある、だんぶり長者が酒の湧き出す泉を見つけたといわれておる場所じゃ。車で行けるから、是非一度は立ち寄ってみてほしいものぞ。しかし朕が行ったときは、もうお酒涸れておった。残念。(朕)
by deepkazuno | 2008-01-31 12:03 | ダンジョン

熱暴走

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我が鹿角の主要産業は農業と観光であり、特に農業は全人口の半数ほどがなんらかの形で関わっておる。我が鹿角の小規模事業者、商店街の顧客も、その少なくない部分が農家という事実がありよる。他方、秋田県の農業は残念ながら全体として衰退し続けており、これが消費の減退、ひいては事業者や商店街に影響を及ぼしていることも事実じゃ。ならば我らが、その若いアイデアでもって農業界と連携をとったりある程度の手助けをしたりするということは、将来の我が鹿角の商工業にとって明らかにプラスになるはずじゃな。我が鹿角の民はもっともっと、地元農業を活かすべきじゃ。もっと言えば、こんな田舎のコミュニティーで、農業、商業、工業、観光などと分野別に交わらず互いを理解せず、バラバラにやっている余裕など、どこにあるのじゃ。もっと交わる必要があると思うのじゃ。
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まあそもそも農業という産業は、得てして保守的な面が強いものじゃ。職業柄、母系中心じゃしのう。それも高齢化が極端に進んでおって、柔軟な発想のできる若年従事者があまりにも少ないのう。ゆえになかなか他産業との連携や結びつきができないというのが現状ではあるのじゃ。一方、たとえば、我が鹿角地域などは、わが国有数の観光地である十和田八幡平国立公園を南北に抱え、年間300万人(ほんとかのう)ともいわれる観光客が行き来しておるのに、きりたんぽ以外にこれといった地場産のお土産がない、我が鹿角といえばこれ、という目玉商品が(住人の目から見れば)ない・・・。これが我が鹿角の悩みであったのじゃ。
よい農産物は存在しても、地域としてそれを加工し商品化する、販路を切り開くというきっかけが作れないでおった、ともいえような。そのきっかけが作れないでおったというのが、前述した、それぞれの分野ごとに、バラバラにしか動いておらん、ということが大きな要因だったのではないかのう。
農業と観光という我が鹿角の二大産業、そして商工業との連携を生む「潤滑油」としての役割を担う何者か、何らかの組織が必要じゃな。それはあるいは異業種間でのネットワークを持つ商工会青年部あたりか。我が鹿角の異業種を結びつけ、何かを生む作業が出来る、これはいまだ景気低迷に悩む地方経済にとって、強力な起爆剤となり得ようし、今後必要不可欠な要素じゃ。
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朕が密かに喜んでおるのは、ここ数年、行政もこの動きをバックアップする方向に動き出してくれていることじゃな。国や県では農業と加工販売業を結びつけるための助成制度、という形で応援してくれておるし、我が鹿角でも、生産者と他業種の代表者による意見交換の場を設けるような動きは、一応、ありよる。
これは朕の持論じゃが、農業は土と水と風から商材となる食料を生み出すのじゃ。民はその商材を加工し、付加価値をつけ、商品として売り出す力を持っておるはずじゃ。アイデアは次々と沸いてくるはずぞ。そして販路は・・・ぞくぞくと外から観光客がやってくるではないか。我が鹿角は観光地じゃ。我が鹿角の土と水と風が、我が鹿角の民の手で外貨獲得に結び付けられるのじゃ。これぞ観光地で、かつ農業が盛んな我が鹿角ならではの手法よな。
朕もいろいろ我が鹿角を巡っておると、地元特産の農産物に関して、こんなのもあるのか、という発見もあるしのう、朕も少しだけ関わったことのある商品開発の時点で、こんなのはどうか、こういう加工をすれば素晴らしい食材が生まれるのでは、といった夢がどんどん広がっていくぞなもし。そして商品開発を進めるために、必然的に様々な業種の御仁らと出会い、話し合い、交流をもつこととなるのじゃ。こりゃ大変な労力を要するものじゃが、特産品開発とかをやって得られた経験、異業種間の繋がりは、何物にも変えがたいものじゃ。朕も、我が鹿角の統治に活かせるものを得られた気がするわい。
そして将来的には、農業と他の業種との連携によって、農家には新たな収入が生まれ、商店街で落とすお金が増えよる。観光の面ではお客さんに喜んで買ってもらえる商品が生まれよる。我が鹿角の民は業種を越えたネットワークを広げることで、商売の幅が広がる可能性すら秘めておるわ。我が鹿角、これからは異業種交流ぞ。我が鹿角に住まう民が一丸となって、ともに我が鹿角の産業を盛り上げてくのじゃ!
・・・なんちて。(朕)
by deepkazuno | 2008-01-29 17:27 | 宿屋うまごや

告知遅れましてごめんなさい

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思い出した、もう遅きに失したやもしれぬ。我が鹿角の豪傑であり篤農家であり朕の師匠でもあるりんご生産者、平野氏(上の写真の御仁じゃ)がのう、今、神奈川県藤沢市の小田急百貨店で、鹿角りんご売っとるぞなもし。具体的には、小田急百貨店藤沢店の7階催物場でのう、「秋田県の物産とみちのく味街道」という物産イベントやっとって、それに自分が生産した鹿角りんごを持って行って売っとるのじゃ。26日(土)なんぞ、平野氏の鹿角りんごが100組限定ながら5個で500円っちゅう超お得なサービスやっとったようじゃ。失敗したわ、もっと早く記事にしときゃよかったわい。何しろ、この物産イベントの会期は1月23日から29日まで・・・。明日までじゃ、もう。いけず。田代せんべいの南部せんべいと刈谷食品のしそ巻きあんずも並んでおるぞ!明日、お暇があるご近所の御仁は、午後4時までに小田急の会場に飛び込むのじゃ!(朕)
by deepkazuno | 2008-01-28 16:27 | 関東寺院

厳寒の十和田湖の夕刻

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久々に十和田湖へ様子を見に行って来たのじゃがな、分かっておったはずなのに油断したわい。寒いと言うか、極寒じゃな。気温が低いというのは当然なのじゃが、風がまた強くてのう。体感気温はいかほどのものか、痛い寒さじゃわ。外に、ものの10分もおれんかった。まともに外に出るには、スキー場へ行く格好せにゃならん。現に、休屋のあたりで雪上車の雪掃いやっておった者共は、スキーウェアみたいなので完全武装しとった。十和田湖冬物語の準備も着々と進んでおったぞな。ちなみに、湖にはたくさんの白鳥が浮かんでおったが、皆、クチバシが凍っておって、ツララ垂らしておったぞ。うう、見とるだけでも寒うなる。(朕)
by deepkazuno | 2008-01-28 10:29 | ダンジョン

焼肉屋でラーメンのランチ

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我が鹿角は小坂町の焼肉屋「大昌園」で、久々に外食したぞな。昼時に行くのは初めてじゃったが、ひととおりなんでも揃っておるのじゃな、メニュー。朕が注文したのは、「屋台ラーメン」と「ミニチャーハン」じゃ。チャーハン、しっかりパラパラで味しみてて美味い美味い。屋台ラーメンも、何が屋台じゃと思うておったら、本当に屋台で出てきそうな出汁じゃったわ。濃い目の、肉の旨味が出ておるしょうゆ味がのう、ストライクぞなもし。このセットで682円、かなりお得な感じでお腹も満足じゃわ。侮り難し、大昌園!本当は焼肉も美味いぞな。(朕)
by deepkazuno | 2008-01-27 16:31 | ボッタクル商店

朕の好物

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朕はご飯が大好きじゃ。無論、秋田県鹿角産あきたこまちが主食じゃな。粘りも甘みもそこそこで、強烈な個性はないが旨味がありよる。しかしそれも控えめで、脇役に徹するところが鹿角産あきたこまちの良いところじゃな。おかずをうまく引き立てるのじゃ。で、朕はご飯の上にいろんなものをかけて食べるのが好きなんじゃがな、どんぶり飯にのう。かけて食べるといえば、納豆なんか定番じゃろ。で、我が鹿角ならメジャーな食べ方かも知れぬが、上の写真の状態が、納豆をゴージャスに味わえる・・・と、朕が勝手に思うておる美味い納豆の食べ方じゃ。

材料
 納豆
 とんぶり
 味噌漬け大根

調理方法
 ①味噌漬け大根は細かく切っておき、材料を混ぜる。
 ②終わり。

すばらしい簡潔な作り方じゃろ。味噌漬け大根のしょっぱさとシャキシャキした食感、とんぶりのプチプチした歯ざわり、納豆の旨味が相まって、絶妙のハーモニーを奏でるのじゃ!貴公らも試してみるのじゃ!もしかして、この食べ方県内でもメジャー?(朕)
by deepkazuno | 2008-01-25 09:39 | ボッタクル商店

黄金の道

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今更ながらいよいよ2008年になったわけじゃが、覚えておるかのう?今年は尾去沢鉱山開山1300年目の節目の年じゃぞ。それを記念して、我が鹿角では「十和田八幡平黄金歴史街道キャンペーン~鹿角を往く~」という観光キャンペーンが繰り広げられるのじゃ。内容を大雑把に言えば、今年世界遺産に登録される平泉と、すでに世界遺産登録されておる白神山地を、ちょうど中間に位置する我が鹿角を通るルートで観光してはいかがかな、というものじゃ。なんで我が鹿角を通らにゃいかんのじゃ、ということなんじゃがな、まあ十和田湖も八幡平も我が鹿角の極めて良い観光地なのじゃが、できれば平泉の文化と我が鹿角を、ちと金の道ということで結びつけて、歴史の面白さも味わいながら巡って欲しいと、朕は思うたりするわけじゃ。以下、朕なりのこのキャンペーンの一つの捉え方じゃ。長文とあさはかな思考は笑って許したまえよ。
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我が鹿角は「伝説の里」という名にふさわしく、民間に伝わる伝説や民話の類が非常に多いのは皆知っての通りじゃ。その数たるや、いまや民話の里といわれる岩手県の遠野のそれに、勝るとも劣らぬ。「国内の山村にして遠野より更にもの深き所には又無数の山神山人の伝説あるべし。願はくは之を語りて平地人を戦慄せしめよ。」と民話研究の第一人者であった柳田國男が言っておったと、閣下がこのブログでも紹介しておるな。これぞまさに青垣の山に抱かれた我が鹿角をして伝説の里たらしめていると言える至言ではないか。また司馬遼太郎も、奥羽山脈の真ん中に位置し北と南、東と西をつなぐ重要な街道のクロスロードである我が鹿角をして、西洋のアルザス・ロレーヌ地域は我が国の鹿角であろうとし、特殊で豊かな文化と人材の宝庫たりえる要素が足りていると述懐しておる。
多くの文人・歴史家を惹き付けた我が鹿角の奥深い文化。極めて多様なバリエーションに富んだ伝説・民話の数々は、我が鹿角の文化のあらわれと言えようぞ。
中でも「錦木塚の物語」などは京都貴族たちの恋文の格好の題材とされたり、世阿弥によって能の曲目になるなど、たいへん魅力に富んだ伝説として長い間愛され続けておる。また、一説に霊力をもったマタギであったともされる草木の若者「八郎太郎」の物語などは、その展開の壮大さ、緻密さは他に類をみない完成度の高いドラマじゃ。「だんぶり長者」伝説などは、ストーリーもさることながら、かなり古い時代から大和政権と我が鹿角の関わりを示唆する、たいそう興味をひく内容となっておる。
このように多くの伝説や民話が鹿角に存在する背景には、大湯環状列石などの遺跡に裏付けられた悠久の人の営みと、しばらく文字を持たず口伝で伝えられてきた歴史、奥州アイヌの豊かな文化が根付いておる。
そして我が鹿角の人々の豊かな文化を支えておったのは、狩猟や農業よりむしろ近代に至るまで鉱業じゃった。鉱山を中心として人が集い、各種の産業が盛りたてられておった。江戸時代中期には奥州の山中としては異例の取れ高2万石を誇ったのも、我が鹿角が奥州の街道の交差点であるだけでなく、鉱業がリーディング産業として栄えていたためなのじゃ。交通の要衝であり黒鉱といわれる鉱床に恵まれた我が鹿角は、自然と重要な土地じゃった。我が鹿角地域に開かれた鉱山の数は、現在まで記録にあるだけでも100を数え、これは世界的にも例が無い大鉱山密集地域じゃ。
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我が鹿角で鉱脈が発見され鉱山として開かれたときの伝説も、数多く残されておる。尾去沢の「光る怪鳥」の伝説、白根の「北十左エ門とやまいも」の伝説などなど・・・。このような鉱山発見に関わる伝説のなかで最も古い内容によれば、西暦708年、和銅元年に尾去沢に鉱山を開いたとされておる。和銅元年といえば、大和政権は藤原京にあって未だ西国での有力政権であったに過ぎず、大宝律令が発布されたばかりの飛鳥時代末期じゃ。この年、埼玉県の秩父から銅が大和政権に献じられ、和同開珎が作られておるが、貨幣が本格的に流通するのはずっと後の話じゃ。
太古の昔、「金」といえば、中国大陸でも銅のことを指して「金」と言っておったと聞き及ぶ。尾去沢で見つかったとされるのは、金であったか銅であったかのう。いずれにしても、神々しい光を放ち、延性に富む上に硬い希少金属は、武器に使われた他、当時急速に上流階級の間で広まりつつあった仏教のために、その需要が増大しておった。我が鹿角で古い時代に発見され、産出された金も、他地域との貿易や関係向上に有効に使われたはずじゃ。発見年代が伝説通りなら、奈良の東大寺大仏像にも使われたという伝承も真実味のある話じゃろう。また、高橋克彦氏によって、北方ルートでの大陸との貿易に使われた可能性も示唆されておる。
そして後年、英雄アテルイの時代を経て奥州に君臨した安倍一族のもと、我が鹿角の鉱山はさらに重要性を増してゆくのじゃ。前九年、後三年の役の争乱の後に安倍氏の跡を継いだ藤原氏は、今の岩手県平泉の地に居を構え、戦乱に明け暮れた経験から浄土思想に到達、平泉を中心に極楽浄土を現世に出現させようとしたのじゃ。浄土思想が絵に描く極楽浄土の姿は、清涼な世界であり、金の放つ輝きは清涼なるものとされたようじゃな。我が鹿角の産金が平泉のいわゆる黄金文化を支えたという言い伝えが真実ならば、金色堂に代表される平泉の浄土思想の具現化に、我が鹿角が大いに寄与したということに他なるまいよ。マルコ・ポーロが東方見聞録としてヨーロッパへ伝えた黄金の国ジパングは、一説に平泉の浄土思想に基づいた黄金の都を伝え聞いたものだというぞな。となれば、尾去沢をはじめとする我が鹿角の山々の産金が、日本の豊かさを世界中に知らしめたと言っても過言ではあるまい。全ては伝説の域を出ぬが、京の都以上に隆盛を誇った平泉の藤原氏は、源頼朝に滅ぼされた際、最後の当主藤原泰衡が我が鹿角へ逃亡し、この地で最後の時を迎えたといいよる。奥州藤原氏にとって、我が鹿角は切っても切れない縁の土地だったと言えような。そして藤原泰衡が落ち延びてきた道こそ、藤原氏と平泉の黄金に輝く浄土思想の都へ、我が鹿角の産金を運んだ道だったのじゃ。
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・・・こんな妄想しておると、平泉から我が鹿角まで歩いてみとうならんか?現在の国道282号線こそ「鹿角街道」という古い名が残っておる。我が鹿角の産金の通った道は、南は平泉、そして逆方向ならば十三湊へ向かって沿海州との交易ルートで大陸へと繋がっておったやも知れぬぞな。なにしろ、十三湊に寄っておった豪族こそ、かつて奥州に威を張った安倍一族の末裔と称する、安東氏じゃったからのう。となれば、白神山地の麓も経由地じゃ。あれ、言い得て妙じゃな!こじつけすぎかのう。考証せんでつらつらと書いたから、間違っておったらメンゴメンゴじゃ。(朕)
by deepkazuno | 2008-01-24 18:00 | 酒場あばん亭

縁談は短気が損気

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気がつけば新年明けまして20日以上も経ちましたが今年もなにやら物騒なことが多いようで我が鹿角も残り11ヶ月油断はゆめゆめならぬと思しき2008年、といったところじゃな。ところで貴公ら、今年の運勢は如何であったかな。運勢とか言っても、当たるも八卦当たらぬも八卦じゃが、新年の一つの楽しみとしての初占いというのも一興ではあろうよ。ちなみに朕は、マインランド尾去沢の観光坑道内にお宮があるのは鹿角マニアの中では有名過ぎることじゃが、その坑道内のお宮のおみくじで初占いをやったのじゃ。本当なら、十和田湖畔の十和田神社あたりでおみくじ引くのが通であろうが、まあ坑道内のお宮というのも捨てたものではあるまいさね。で、結果が上のヤツじゃ。「おもうがままになる運です」おお。朕の思うがままであるな。あんなこともこんなことも。朕の脳内は誰も修正できんぞなもし。あれ?こんなん書いてるから最近HPがエロくなったねとか言われ・・・ああ、それ違う話じゃった。脳内解決じゃ。・・・。とにかく悪い結果ではなさそうじゃな。大吉であるぞ。「愛を捧げよ倖せあり」じゃ!朕の愛を我が鹿角にさらに注げということに他ならぬな。倖せになれるかのう?(朕)
by deepkazuno | 2008-01-23 17:28 | ボッタクル商店

キノコではござらぬ

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これはキノコではござらぬよ。
木に雪が積もったのでござる。
樹氷ほどではござらぬが、まあ、よくぞここまで積もったものでござる。これぐらい積もれば木々の枝にかかる荷重もそれなりのものでござろう。
幼少の折には、こういった木の下に友人を誘い込んだものでござるなあ。そして、雪の乗った枝の下に人が立ったら、おもむろに木を揺らすのでござる。すると雪は真下の人に直撃するという仕組みでござるな。これがなかなか面白うござってのう。子供は雪にまみれるのが大好きなものゆえ、人にかぶせるだけでは飽きたらず、わざわざ自分に直撃するよう揺すってみたりしてのう。楽しいものでござるよ。今の子は、外で遊ぶ機会が減っておるようでござるから、もうそんな遊びはやらないのであろうのう。(余)
by deepkazuno | 2008-01-22 22:32 | ダンジョン

今日の標語Advance

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ルール違反
  すればするほど
    遠のく安全 近づく地獄


マインランド尾去沢の観光坑道内で、以前見落としておった標語があったのでご紹介じゃ。こりゃ男鹿のなまはげ的な文言じゃな。いやさ、女風呂に入るとかそういう件ではないぞな。皆で決めたことは守らんといかんというお叱りのことじゃよ。あれ?やっぱ女風呂の件か。・・・それはともかく、暴走族だか珍走族だかにもピッタリな標語よな。近づく地獄というのは近づく死期ということじゃろうが、行き先が天国でのうて地獄限定というところに、脅しにも似た威圧感を感じるのう。それだけ、地下坑道内での作業はチームワークが大事じゃったということであろうのう。保護具は命の防波堤!(朕)
by deepkazuno | 2008-01-22 19:09 | ダンジョン